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岐阜地方裁判所 昭和41年(ワ)595号 判決 1968年3月11日

原告 中村増治 外一名

被告 国 外一名

訴訟代理人 松崎康夫 外四名

主文

一、被告ら各自は、各原告に対し、それぞれ金一〇〇万円およびこれに対する昭和四一年一〇月二四日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四、この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事  実 <省略>

理由

一、事故の発生とこれによる訴外誠治の死亡について

訴外誠治(昭和二八年九月一八日生)が、昭和四一年一〇月二三日午前九時二〇分ごろ、自転車に乗つて本件下田橋を渡ろうとして、橋下に墜落し死亡したことは当事者間に争がない。

二、被告らの責任について

1  本件国道が原告ら主張の公の営造物であること、本件国道が橋の入口付近で約九〇度曲折していること、被告らが、昭和四〇年ごろ、本件国道を改良整備し、道路幅員を拡張したこと、原告ら主張のコンクリート防護壁ならびにガードレールを設置したこと片勾配を調整するため、本件親柱が従前の道路上から約二五センチメートル埋没されたこと、本件親柱の上部が何らかの事故により剥ぎ取られ道路面から三七センチメートルの高さの平盤四角型を形成し、現在にいたるまで補修していないこと、本件親柱の右残存部分に原告ら主張の第一突出部ならびに第二突出部分があること、誠治の乗つていた自転車の左ペダルが親柱の右突出部分のいずれかに衝突し、誠治はその反動で身体を浮き上らせ、橋の手摺の最も東端にある視線誘導標に当りつつ橋の外に投げ出され、長良川に転落死したことは当事者間に争がない。

<証拠省略>によれば、誠治は、事故当日、プラモデルを買うため、四段変速サイクリング車に乗つて八幡町の自宅から関市へ向う途中、時速約四〇キロメートル位で、下田橋にさしかかつたが、同所はほぼ直角に右折する急カーブであつたため、右スピードでは右折することができず、ハンドル操作をあやまり道路左側のコンクリート防護壁に左ペダルを接触しつつ、本件親柱の第一突出部分ないしは第二突出部分にペダルを激突させて、前記のとおり転落死したことが認められる。他に右認定を覆す証拠はない。

2  そこで原告ら主張の本件国道の管理の瑕疵について判断する。

まず、被告らが、道路左側に右各突出部分のあるがまま放置したことが、右瑕疵に該るかどうかについて検討する。<証拠省略>によれば、本件事故現場付近は、橋の幅員が、道路の幅員よりも狭く、しかも急カーブであつたため、自動車が右折できずに川中に飛び込む等の事故がしばしば発生したため、被告らは数度にわたり被告ら主張の道路改善工事を行つており、いわくつきの危険な場所であること、また、道路の幅員は、橋の入口で急激に狭くならず、除々に狭くなるように改善されたとはいえ、右各突出部分のある親柱は丁度道路と橋の境に位置し、丁度道路に突出している部分の幅員分一七センチメートルだけ、橋上の道路(路肩を含む)の幅員と橋外の道路(路肩を含む)の幅員との間にずれがあること、しかも右親柱反対側は、高さ一一メートル余の断崖絶壁になつていること、各突出部分は本件国道の路肩上にあることが認められる。他に右認定を覆す証拠はない。被告らは、本件道路の構造安全速度時速二〇キロメートルを厳守すれば路肩を通行することは常識上あり得ないと主張するが、運転手の中には安全速度を守らないものもないではなく、その場合でも同人が行政上もしくは刑事上の処分を受けるのは当然であるにしても、道路管理者としてはそのような者の人命、身体に対してもできるだけ安全であるような措置を講じておく義務があるといわなければならない。そうだとすると、やや速度を出し過ぎた自動車が、本件カーブを回り切れずに右路肩部分を通行する場合も予想できるのであるし、また、自転車、歩行者は車両制限令一〇条によつても、路肩の通行は禁止されておらないし、実際上も自転車、歩行者は自動車の通行によつて、路肩部分を否応なく通行しなければならない場合があるのであるから、右各突出部分は、路肩部分にあるとはいえ、通行の障害になることは明らかである。それに加えて、右各突出部分の存在する場所は、前記認定のとおり、交通の極めて危険なところであるから、被告らが、道路左側に右各突出部分のあるがまま放置したことは、その管理に瑕疵があつたといわざるをえない。

次に、被告らが、本件親柱を折損したまま放置し、柵を設けなかつたことが、右瑕疵に該るかどうかについて検討する。<証拠省略>によれば、本件国道の左端に設けられたコンクリート防護壁およびその上に設置されたガードレール(地上からの高さ一・一七メートル)の西端から橋上の手摺(高さ六三センチメートル)の東端までの間約一・二七メートルには、高さ三七センチメートルの本件折損親柱の残存部分(平盤四角型)が存在するが、右間隔のうち、西寄りの三三センチメートルの間には何らの柵壁がないことが認められる。ところで、右箇所は、前記認定のとおり、急カーブで交通の極めて危険なところであり、すぐ下は絶壁を形成しているのであるから、道路構造令三一条からいつても、被告らは、適当な防護施設を設けなければならないところである。そうだとすると、高さ三七センチノートルの親柱の右残存部分のみでは如何にも低すぎ、十分な防護柵の用をなしていないといわなければならないし、何らの柵壁のない部分さえあるのであるから、被告らの本件国道の管理にはこの点においても、瑕疵があつたといわざるをえない。(橋上の手摺の前記高さにしても自転車で通行する人にとつて安全な高さといえるかどうか多分に疑問である。)

3  そこで、進んで、本件事故と右瑕疵の因果関係の点について判断する。誠治が橋上の手摺の最東端に設けられた視線誘導標に衝突して転落したことは当事者間に争がない。ところで、誠治が橋から転落する際、如何なる地点から、如何なる体形で落下したか正確に認定できる証拠資料はないが、<証拠省略>によつて認められる、各突出部分と視線誘導標の位置関係、自転車の左ペダルの折れ具合、誠治の傷害部位、視線誘導標の高さならびにその曲り具合、誠治の落下地点および同所における誠治の体形ならびに前記の誠治と視線誘導標との衝突の事案を合わせて考えると、少なくとも、前記認定のガードレールと橋上の手摺との間の約一・二七メートルの間隔に、適当な防護柵が設置されていたならば、誠治の転落死は生じなかつたものと推認できる。したがつて、誠治の死亡と右瑕疵との間に因果関係がなかつたものとは到底いいえない。

4  したがつて、被告国は国家賠償法二条一項により、被告岐阜県は同法同条同項、三条一項により、本件事故による損害を賠償すべき責任がある。

なお参考のため別紙図面(検証見取図)を添付する<省略>。

三、損害について

(一)  得べかりし利益

誠治が死亡当時一三才一ケ月であつたことは当事者間に争がない。また、厚生省発表の第一一回生命表によると健康な一三才の男子の平均余命が五五・六七年とされていること、誠治が二七才ごろ結婚するであろうことは、当裁判所に顕著な事実である。そして<証拠省略>によれば、原告ら主張の請求原因事実三(一)の各事実が認められ、また、原告ら主張のような方法で、誠治の得べかりし利益の喪失による損害額を計算するのが合理的であると考えられ、右の一時払額は金三四八万三、五九〇円となる。

(二)  相続

原告らが誠治の両親であることは当事者間に争がない。したがつて各原告は、右三四八万三、五九〇円の二分の一(一七四万一、七九五円)宛をそれぞれ相続した。

(三)  慰籍料

原告らが誠治の本件事故による死亡によつて大きい精神的苦痛を受けたことは容易に察せられ、<証拠省略>によれば、原告ら主張の請求原因事実三(三)の各事実が認められ、これに諸般の事情を斟酌して原告らに対する慰籍料は各八〇万円をもつて相当と認める。

四、過失相殺

誠治は、自転車に乗つて、本件下田橋にかかつた際、前記二1に認定したように、被告らが、定めた安全速度時速二〇キロメートルを遵守せず、約四〇キロメートル位の速度で通過しようとしてハンドル操作をあやまり、同所のカーブを回り切れずに、本件事故を起したのであるから、誠治のこの点における過失は誠に重大であるから損害賠償額の算定につき、誠治の右過失を斟酌すると、各原告に対し被告ら各自の賠償すべき額は前記各損害額二五四万一、七九五円のうちそれぞれ金一〇〇万円をもつて相当と認める。

五、むすび

以上のとおりであるから、被告ら各自は、各原告に対し、それぞれ金一〇〇万円およびこれに対する損害発生の後である昭和四一年一〇月二四日から各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告らの被告らに対する本訴請求は右認定の範囲内で理由があるが、その余の部分は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条本文、仮執行の宣言につき、同法一九六条を、それぞれ適用し、仮執行免脱宣言の申立については、その必要がないものと認めてこれを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 丸山武夫 川端浩 大津卓也)

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